カレーはひと晩寝かすといい、スイカは塩をかけるといい、お酒はぬるめの燗がいい…などなど、誰もが知ってるおなじみの美味しい食べかたって世の中にけっこうありますよね。
みんながそう言っているのを聞くと、やっぱり試してみたくなりますし、実態以上に美味しく感じてしまうこともけっこうあったりするんじゃないかなと思います。そんな人間の心理に関係する話です。
雪印が北海道100カマンベールチーズの特設サイト「#15分ガマンベール」の公開や、それにあわせたXキャンペーンを実施しています。
ちなみにこの「#15分ガマンベール」プロモーションは、昨年(2022年11月)の60周年プロモーションでアピールされていた食べかた提案で、新聞全面広告展開などが話題にもなっていました。それをそのまま応用し、定番プロモーション化させようという動きのようです。
とろりと溶けたカマンベールビジュアルはもとより、タイトルの文字面を見ただけでもそれがどんな企画なのかがわかってしまうところが秀逸ですね。
カマンベールチーズは室温などでほどよくトロけたくらいが美味しくいただけるというのは多くの人が知っている事実です。が、そんな周知の事実をあらためてアピールしようとしている企画であるといえます。
「いやいや、知ってるし。当りまえじゃん」と断じてしまえばそれまでですが、そういった“知ってるマン”たちも含めて、あらためて公式としての食べごろ時間の見解を示すことは一定の意義がありますし、カマンベールビギナーたちの取り込み(顧客化)にも役立ちます。
ただ、この「#15分ガマンベール」プロモーションは、正直どこのメーカーのカマンベールチーズにも当てはめられる汎用テクニックです。
どこのカマンベールでもこの方法を取り入れれば普段よりも美味しく食べられるようになるわけですから、これはある意味、敵に塩を送ることにもなりかねないプロモーションでもあるともいえます。
ところで、日本のスーパー店頭などでよく見かけるカマンベールチーズとしては主に2つのブランドが挙げられます。1つは今回の雪印「北海道100カマンベールチーズ」、もう1つが明治「北海道十勝カマンベールチーズ」です。
日本の市販カマンベール市場ではこれらブランドが2トップといって過言ではありません。そして、両ブランドの販売数をPOSデータで比較すると、明治カマンベールのほうが優位であるようです。
参考:日本食糧新聞「食品POSランキング:チーズ」2022.9.2
なお、一般的にこういったカテゴリ全体(今回の場合はカマンベールチーズ全般)に当てはめられるような魅力アピールをすると、そのカテゴリの首位ブランドに最も有利に働くといわれています。
すなわち、今回のこの雪印のアピールは、よりシェアの高い明治カマンベールのほうがヘタしたら得しちゃうかもしれないというリスクをもったアピールであるとも言えます。
雪印はそれに気づかず、初歩的なミスをしてしまったのか?—— いや、それはなさそうです。むしろそんな競合ブランドへのプラス効果もしっかり考慮したうえで、でも自社にとっての勝算が高いと判断し、敢えて打ち出したのだと思います。
先ほど、敵に塩を送りかねないと言いましたが、ほんとうに今回の企画は敵に塩を送ることになるのでしょうか。実はそうでもなさそうです。今回のケース(雪印カマンベール_対_明治カマンベールという構図の勝負)に限って言えば。
この2ブランドの食べ比べ論評はWEB検索するとたくさん出てくるのですが、総じてどちらも白カビ特有のクセや香りを抑えて日本人の味覚に合わせているという評価は共通しています。
ただしその抑え具合は明治のほうがしっかりしているようで、クセが極めて少なくマイルド。「見た目はカマンベールだが、プロセスチーズに近い」とする意見もあるほどです。
それってつまり両ブランドのうち、よりカマンベールらしさを保っているのは雪印カマンベールのほうであるということです。
—— とすると、今回の「#15分ガマンベール」の食べかたは、どちらがより適しているのかがハッキリしてきます。それは雪印カマンベールのほうです。
この食べかたは、カマンベール特有のクセや香りをより引き立たせて楽しむ食べかたであるといえます。そうなると、そのカマンベール特有のクセや香りを極力抑えてしまった明治カマンベールにとっては、不利な戦いであると言わざるを得ません。それで引き立つはずの特徴をほとんど抑えてしまっているのですから。
プロセスチーズを常温で放置してもほとんど味も風味も変わらないのと一緒で、「15分もガマンベールしたのにぜんぜん変わっとらんやんけ!」となってしまいかねないのが明治カマンベールであるというわけです。※実際にはトロけによる食感変化は大いにありますが、今回は味わいの話です。
一方で、明治よりはカマンベール特有のクセや香りを保っている雪印のほうでは、15分ガマンによりそれが引き立てられるのです。
また、カマンベール商品のリピーターになってくれそうな客層がなにを求めているのかも重要です。「プロセスチーズっぽい味わい」か?「カマンベールっぽい味わい」か?
後者であるのは明白です。プロセスチーズの味わいを求めるならば、わざわざ割高なカマンベールチーズを買うまでもなく、プロセスチーズを買えばいいのですから。
よって、「雪印カマンベールか?明治カマンベールか?」という2択を前提にした勝負とみなすならば、この15分ガマン~の食べかた提案で有利に立てるのは明らかに雪印側であるということになります。当然、そこまで考慮して打ち出されているはずです。
市場の特徴や、競合の特徴をしっかり把握すれば、セオリー的には避けられるべき戦略も十分勝算が見込まれるようになるという良い例です。
ところで今回雪印の「#15分ガマンベール」プロモーションに関しては、昨年のコピペと言ってもいいほどほぼ同じ内容でアピールしてきています。もちろん展開させているメディアの違いはありますが、訴求内容はほとんど変わりがありません。
ここから推測される雪印の狙いは...